「何もやりたくない」という気持ちはどこから来るのか?その原因と解決策

たまに「何もしたくない」と、ベットから起き上がれないことがあります。

このままずっとベッドにいたいと思うものの、そうも言ってられないのが辛いところ。

無理やり体を起こして動こうとしますが、どうも気力がわかずにボーッとしてしまい、周りに怠け者だと思われてないかと気に病んで「どうして私はダメなんだろう?」と自分を責めてしまう悪循環です。

…そんなパターンはなるべく避けたいですが、どうすれば良いのでしょうか?私自身が試してみて効果があった解決策を原因と一緒に紹介します。




なぜ何もしたくないのか?

まず、こういう状態があまり酷いようならうつかもしれないので、心療内科や精神科で診断した方が良いかもしれません。専門家の力を借りるのも大切なことです。

うつ病は、気分障害の一種であり、抑うつ気分、意欲・興味・精神活動の低下、焦燥、食欲低下、不眠、持続する悲しみ・不安などを特徴とした精神障害である。(Wikipediaより抜粋)

そこまでではなくても、何もやりたくなくなる時というのは、やりたくない事をやらないといけないというストレスを感じて疲労が溜まっている時の体からのSOSです。もしくは生き甲斐を感じられずに何もしたいことがない時にもそういう事が起こります。

その証拠に、好きなことなら驚くほど体からエネルギーがみなぎって来て、朝起きるのも苦にならないはずです。

それなのに、どうしてこうなってしまうのか?

その理由は後半で深く掘り下げるとして、まずはどうしたらそんな状態から抜け出せるのかを考えていきたいと思います。

生活習慣を見直す

最初に基本的な話ですが、生活習慣の見直しをしてみてはどうでしょうか。

決まった時間に起きて決まった時間に寝る規則正しい生活を心掛けることや、十分な睡眠バランスの取れた食事 などは、精神面に大きな影響を与えます。

適度な運動をして筋肉をつけることや、部屋をきれいにして風通しを良くするなどもそうですね。瞑想やヨガもおすすめです。

発想を変えてみる

人は同じ作業でも嫌々したのと楽しんでしたのではパフォーマンスも本人の満足度も全然違ってきますので、ちょっと発想を変えてみると意外なライフハックに繋がるかもしれません。

イメージ力を生かす

いつもの退屈な仕事も、昨日よりもいかに速く片付けられかなどゲーム感覚にしてしまったり、自分を漫画のヒロインに見立ててそのシチュエーションを楽しんでみてはどうでしょうか?つまり、遊び感覚に変えてしまうということです。

私は食器洗いが好きなのですが、それはわりと水遊びをしている感覚でやってるからだと思います。

感謝する

文章にしてしまうと、もしかしたら少し胡散臭く聞こえてしまうかもしれませんが、やっぱり人の原動力は愛から来ていると思います。

「いつも頑張っている家族に喜んでもらいたい」「もうボロボロな家だけど、いつもありがとう」と普段から感謝していれば、自然と美味しい料理を作ったり、家をきれいにしたりしたくなるものです。

環境を変える

思い切って引っ越しをして環境を変えてみると、気分が変わって案外やる気が出て来るかもしれません。ただ、そうとも限らないし大変なので、壁を塗り直したり模様替えをしたり、ファブリックを変えるだけでもかなり気分が変わると思います。

 

…いやいや、そんな小手先のことでやる気が出るわけないじゃん!という人は、次の章に進んでみてください。

好きな事を増やして嫌なことを減らす

さあ、ここからは根本的な解決策です。

やりたくない事をやっているなら、それをやめてしまいましょう!

え?それが出来れば苦労しないって?確かに周りとの兼ね合いや事情がありますから、そう簡単な話ではないでしょう。

でも、出来ることから少しずつ軽減するなら可能だと思いませんか?

嫌いなことをなるべく減らして好きなことを増やしていくと、きっと人生がもっと楽しくなってやる気が出ます。

まずは嫌いなことをやめてみる

でも、自分は何が好きで何に喜びを感じるのか分からないという人もいると思います。そういう人は、まず自分の嫌いなものを少しずつ減らしていくことからはじめるのがおすすめです。

やらないといけないこと=やりたくないこと

嫌なことを取り除いているうちにだんだんと好きなことも分かって来るので、それを大事にすれば良いのです。もしも熱中できることを見付けられたならしめたもの。

そして、他人軸から自分軸に戻して行けば良いのです。これは他人の目を気にせずに好きな遊びをして満足していた子供時代をイメージすると良いかもしれません。

他人軸から自分軸へ

今流行りの自分軸という言葉は「嫌われる勇気」とも置き換えることが出来ます。

周りの評価や世間体を気にして発言・行動をするのが他人軸。それに対して嫌われる覚悟で自分の意見を発信したり、自分が良いと思ったものは他人が何と言っても気にしないのが自分軸です。

日本人に多いのですが、自分よりも他人を優先させてしまい自分を押し殺していると、そのうち自分は何が好きで何に喜びを感じるのか分からなくなってしまうものです。

そもそも全員に好かれることは不可能なので、嫌われても気にしない勇気が必要です。

自分を出していれば自分に合わない人は離れていき、合う人が寄って来るはずなので、嫌われることを恐れないようになると良いですね。

思い込み癖を見付ける

どうして自分はこんな風に考えてしまうのか、過去を遡って自分の思い込み癖に気付くことも大切です。

多くの問題は意外と過去の出来事や誰かが発した言葉が自分の中の思い込みを作っているだけということは多いものです。特に親との関係は大人になってからもずっと影響を及ぼします。

これは、人によってはまあまあ大変な作業ですが、出来てしまえば一番早い方法ですし、自分について深く知ることが出来ます。

詳しくは、次に私の体験も交えて説明しますね。

私の体験と過去の整理

ここからは、どうして「何もやりたくない」という気持ちが出てしまうのか?というそもそもの原因を、自分の過去と向き合うことで整理していきます。

目を閉じて昔の自分を思い出していくのも良いですし、紙に書き出したり私のようにブログに書いたり、自分と向き合うなた何でも良いです。

最初は思い付かなくても、シャワーを浴びている時やリラックスしている時にフッと出て来ることもあります。

自分だけが自分の最高の理解者

最初に知っておいて欲しいのは、自分の辛さが本当に分かるのは自分だけだということです。

昔のことを思い出そうとすると、その時の苦しみや悲しみを思い出して、被害者意識や自己憐憫、恨みや怒りなど色んな感情が吹き出して来るかもしれません。

でもそれは、過去に私が感じないといけなかったはずなのに押し込めてしまった感情なので、一度は十分に味わってあげて欲しいのです。

今の自分は過去の自分の最高の理解者なのですから。

溢れて来る感情をきちんと受け止めてあげて、十分に味わい直せばそのうち消えていきます。「辛かったね」「頑張ったね」過去の自分にかつて掛けてもらいたかった言葉を掛けて、過去の自分が笑顔になるまで寄り添ってあげましょう。

そして最後にもう必要なくなった思い込みを光に返してあげるイメージをすると、スッキリすると思います。

昔の傷ついた心を癒してあげた後は、出来ない自分を責めて落ち込む気持ちがなくなり「たまにはこういう日もあるよね」と許してあげれるようになって来るかもしれません。

そうすればまた頑張ろう!という気力がわいてくるでしょう。

私はここに書くことで、ある程度の想いが昇華しました。次からはそんな私の体験です。

小さい頃に作り出した無力感

私の場合「何もやりたくない」という状態は、昔からたびたびありましたが、おそらく3歳の頃の体験が始まりだったと思います。

その頃、人と関わるのが異様に怖かった私は幼稚園でも友達を作る気になれず、いつもひとりで遊んでました。だから行ってもあまり意味がないし楽しくなかったので、ある朝、両親に「幼稚園に行きたくない」と言ってみました。

父親は私に理由を聞きましたが、3歳だったのでうまく言語化出来なかったのと、友達がいないからとは何となく恥ずかしい気がして言えず、何も答えられなかったんです。

すると父親は、行きたくないと必死にイスにしがみついて抵抗する私をひっぺがして、会社を遅刻してまで自分の車で幼稚園に送ってくれました。

私はこの時「私の意思は聞いてもらえないし、抵抗するだけムダなんだ」と思ってしまったんです。それから2度とこの件で駄々をこねることはありませんでした。

小学生の時には何度か体調が悪くて休みたいと両親に訴えたこともありましたが、熱がないからといつも無理矢理登校させられ、学校でも先生にきついとも告げられずに苦しんだのを覚えています。

高校生の頃になるとますます精神的に疲労して来て、たびたび学校を休みたくなったのですが、やっぱり父親が会社を遅刻してまで送ってくれたりタクシー代をくれたりしました。

あれが父親なりの愛だったのは分かりますが、残念ながら私は「あきらめろ」というネガティブなメッセージを受け取ってしまったのです。

何をやってもダメだという恐怖心

これは父からだったか母からだったか、おそらく両方からだと思うのですが、私は「行動を見張られてる」という恐怖心が常にありました。

そのせいで、幼稚園の参観日に母親が来た時には母の目が気になって、私はいつもやっているお遊戯が出来なくなって固まってしまったんです。もちろんその様子を見た母親はカンカンに怒っていて、その夜に私がいかに情けなかったかを父親に話して聞かせてました。

父親も娘かわいさに私の行動を制限する人で、当時仲の良かった唯一の友達と遊ぶなと言われて、こっそり隠れて遊ばないといけなくなったり、短大に入ってからもあれをするなこれをするなとうるさく、私はいつも今度は何を言われるのかとかなり窮屈な思いを強いられていたのです。

中学生の反抗期の頃には両親にかなり反発したものの、言い返された人格否定の言葉は鋭いナイフのように私に深く突き刺さり、人が怖いという思いをますますこじらせ、自分は何をやっても怒られるという悲しみを拡大させました。

お陰で早く親元から離れたくて、自立心は人一倍強くなりましたが。

心と体が鈍感になっていく過程

こんな風に育ったので、私は自分に対する無価値感を常に持っていて、それが当たり前の状態でした。

だから「私は頑張らないと価値がない人間なんだ」と無意識に思い込み、人一倍働きました。誰かに認められることで自分の価値を評価してもらおうとしたんです。そう、これが他人軸ですね。

恐怖心が頑張る動機だったので、無理矢理ですが体はよく動きましたが、自宅に帰るとグッタリとソファーに腰を下ろしてボーッと何時間も動けなくなってしまうことがよくありました。頭では「あれやらなきゃ、これやらなきゃ」と思っていても、どうしても体が動かなくて、ベッドにたどり着けるかもあやしい状態。

自分の体を労うという感覚がよく分からず、私の体は苦痛を感じないように鈍化してしまっていて、体の限界が分からなかったのでギリギリ限界まで働くには都合は良かったのです。

まあ、最終的には病気になり、強制終了がかかってしまったのですが。

思い込みを解放してあげよう

さて、ここまで原因が分かると、分かったという事実でおそらく50%くらいは勝手に解決します。大切なのは過去を冷静に客観的に分析することです。

誰にも理解されないと思っていた自分、両親の喜ぶこと以外をすると怒られると思っている自分、ダメな人間だから認められるように頑張らなきゃと思っている自分…。

ここで出て来た辛い過去は、今の自分が過去の自分と一緒になって十分に味わってあげたら光に返してあげます。

おわりに

冒頭でも書いたように、私は今でも時々「何もしたくない」という気持ちは起きます。

これはたくさんの積み重なった出来事が色々出て来るからで、ひとつを取ったらまたひとつ、と次々に出て来る場合も珍しくありません。

それを少しずつ少しずつ癒していくうちに、その感情との付き合い方がうまくなっていってます。そして、嫌だと思っていた出来事は、必ずしもネガティブな意味ではなかったという事に気付くこともあるのです。

何もしたくない日は、環境が許すなら何もぜずに自分の感情と向き合ってみるというのも良いものですよ。

 

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