健全な家庭と機能不全家族の間には深い溝がある

多くの人は自分の体験から他人の状況を想像してしまうものです。でも、それをやってしまうと全くの的外れという場合もありますよね。

つまり私が言いたいのは、人が本気で悩んで来た家族のことを憶測だけで簡単に言うんじゃねーよ!ということ。

よく聞くのが “物心ついて初めて自分の家が他と違うことに気付いた” という話ですが、同じ日本で同じ町内に住んでいても、他の家庭のことなんて分からくないですか?

ま、人は自分じゃないので100%理解するのは不可能でしょうが、時に理解しようとする努力は大切ですよね。

善意と思い込んで傷付けて来る人もいる

私だって、普段は普通の人のフリをして生きてますので、よっぽど親しくならないと家族の話はしません。大概の人は引くのも分かってますからね。

「産んでくれた親でしょ?」「ちゃんと会って仲良く出来ると良いね」「うちもそうだよ」

こういう言葉を平気で言って来る人は多く、本人は善意で言ってると思ってるから始末が悪いんですよね…。

散々向き合って来てやっと前向きになれたと思って頑張っていた矢先に「もっとちゃんと向き合わないとダメじゃない!」と叱って来たセラピストとかもいて、自称ヒーラーという人たちに対してのアレルギー反応も起こすようになりました。

おそらく健全な家庭で育った人は、私が両親ともう何年も会っていないと言ったら信じられないともう人も多いでしょう。

驚くのは当たり前の反応でしょうから別に良いのですが、腹が立つのは「親不孝者」とか「ワガママ」とか言って、更に私を傷付けようとして来る輩。ふざけんなです。

離れることで自分の身を守ってる人はたくさんいる

色んな人の発信を読んだり聞いたりしていると、親に会う事を考えるだけで具合が悪くなる人も多いようです。ひどい人は寝込むとか。

私はそこまでではないものの、会うことを考えただけでズーンと心が沈み、人生が真っ暗になったような気分になります。これ、全く大袈裟じゃないですよ。

両親が追ってこれないくらい遠くで暮らしはじめた時、こんなに穏やかに生きれるんだと驚きました。

ああ、この感覚をもっと若い頃に知っていればもっと青春時代を楽しめたに違いないのに…と、時々もう思っても仕方がない事を考えたりもしてしまいます。

でも、現在でもこの後遺症は続いているんですよ。今会ってしまったら、私はもう人生立ち直ることはできないんじゃないか?と思うくらい不安定になりそうなので、会いたくないんです。

そういう人もいるということ、もっと一般的に広がってくれたら良いのに…。そして、無知から人を傷付ける人が減ることを祈ってます。

機能不全家族は連鎖する

とにかく言えるのは、機能不全家族というのは世代で引き継いで行くものだということ。

だから、気付いた人がそこで断ち切らないと永遠にループしていくんです。

「毒親」という言葉を日本人が知るきっかけを作った田房永子さんとか、今は色んな人が発信をしているので助かる人も多いかと思います。

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でも、自分が落ち着いてから周りを見渡すと、日本人の多くの人たちが生い立ちによるパーソナリティ障害に陥っているのではないか、と思うフシがあります。

ずっと長い間、私はひとりで歯を食いしばって頑張っていたけれど、きっと私が思っている以上に辛かった人はいたのだ…、今はそう思うようになりました。

別の見方をすると、色々言いたがる人は「親孝行はするもの」と無理矢理思い込んでるのかもしれませんね。

自分も我慢してるからお前もやれ的な、よくあるパターン。

そりゃね、私だって本当は親孝行したかったんです、当たり前じゃないですか。でもそれをしようとすると、心身ともにグッタリしてしまって生きることも難しくなっていたから長い間悩んでいたわけで。

幸せになるって何なんでしょうね。

私の思い出

ここからは、私の思い出を語らせてください。個人的な事なので、別に読まなくても良いですが、ただ書きたいので。

14歳くらいの時、心は完全に凍りついていたのを覚えています。

中学校から帰って来た私は、何とか唯一心を躍らせることの出来る少女漫画の表紙を眺めてみるものの、公営団地の寒くて狭い勉強部屋が一層寒々しく感じられて虚しくて。

私が思い通りになるスペースは、机の上にある本棚のみ。

どうしても1人になるスペースが欲しくて、3畳の部屋に妹と私の机を背中合わせにして作った僅かな空間が、私の世界でした。

どんなに辛くても、悲しくて泣き叫んでも、それは私のわがままであり、考え方がおかしな子供で片付けられてました。

どういうわけか、私は両親から勉強しろしろとうるさく言われても机に向かえない子供で、良い成績を取らないと将来仕事がなくて道路の旗振りくらいしか出来ないと脅され (今考えるとそれも失礼な話)、私は不安で眠れなくなるくらい悩むようになったんです。

なのに、机につくと暗い気持ちがグルグルと頭を回って集中できない日々。今思えば鬱症状だったんでしょうね。出来ない人に「やれ」と命令するのは虐待です。

とにかく、あの頃は何もかもが嫌いでした。

自分は寝てばかりで掃除も洗濯もしないくせに人にはダメ出しして来る母親、自分の考えに沿わないと不機嫌になるくせに人格者ぶってる父親。

それに、私は家で暴れるでもなく不登校になるでもなくグレるでもなく、常識の範囲内で部屋に一時的に閉じこもるとか机を傷付けるとかしか出来なくて、ただただ行きたくもない学校に行ってやり過ごそうとする自分も嫌いでした。

喉が詰まった感じがしていたのもこの頃で、他人と喋るのも人苦労。正直、人が近付いて来ただけで苦痛を感じてたのに、苦痛を感じる自分を責めて、みんなのように出来ない自分を責めて責めて…。

そこから自力で這い上がるのは、やっぱり並大抵の努力ではなかったと思います。

18歳の頃、「これ以上生きたら、もっと親を恨んで過ごしてしまう」と一度は人生をあきらめようと思いましたが、失敗。その時も両親は “なぜそうしたのか” を聞いてくることはなかったです。

でも、それがきっかけで心療内科を紹介してもらって、親の話をするだけで涙が出ていた私の話を「うんうん」と聞いてくれる初めての人がいると知りました。

それは良かったのですが、やっぱり聞いてもらうだけでは何も解決は出来ないと思い、自分で本を読んだりセルフカウンセリング講座を学んだり…。

でも20年以上前のことなので、資料が少なかったですね。アダルトチルドレンの本を買っても状況が書いてあるだけで解決策も何も書かれてなかったですし、そもそもそういう関係の本があまりありませんでした。

スピリチュアル的な本にも手を出しましたが、まだスピリチュアルという言葉は一般的ではなく、そんなに今ほど流行ってなかったので変な人に引っかからずに済んだのは良かったです。

とにかく、本当に本当に本当に悩んでいたんです。

愚痴と悪口を聞かされながら、ついでに親の悩みも自分の悩みのように背負わされて、常に監視されているような日々でした。

そんな私が、大人になったらもう親のそばに近付きたくないと思うのは、自然な事ではないですか?

おわりに

良いんです、私のことを分かってあげられるのは私ですから。

そして、私の親もまたトラウマとか思い込みとか色んなしがらみに苦しんでいたんだということも、今なら理解出来ます。

でも、私が出来るのはここまでです。

もう時代も時代ですし、古い価値観に縛られる必要はないと思います。