スピリチュアルという人に違和感を感じたら、多分その直感は当たってます

私はもともとスピリチュアルなことが大好きで、少し前まではそれを堂々と言ってましたが、現在の日本で横行しているスピリチュアルは嫌いというか、そういう人をちょっと警戒してしまいます。

なぜなら、そういう人たちと色々関わっていくうちに違和感を感じてしまったからです。

そもそも「私は宇宙人だから!」なんて群れて楽しんでいる人たちを見ると「でも地球に生まれて来たんだから、地球人でしょ?」と思ってしまうんですよね。宇宙ばっかり見てて地球がかわいそうだと。

とにかく、スピリチュアル的なことをファッションというかエンターテインメントのように見ている人たちとはちょっと一線引いて、やっぱり群れるのはやめようという結論に至りました。

最初は嬉しかったスピ仲間

最初は嬉しかったんですよ。私のように見えない世界に興味がある人がこんなにいるんだ!と。

私は小さい頃から魂とか霊とか目に見えないものの存在を身近に感じながら育ちましたし、家族関係にずっと悩んでいたので、その苦しみからなんとか逃れたいと心理学から精神的なこと、スピリチュアルなどを独学で学んでいた過去があります。もっとも、私が子供の頃はスピリチュアルという言葉は日本に浸透しておらず、オカルトブームでしたけどね。

ただ、ある宗教団体の事件もあり、一般的にそういうことを口に出してしまうと変な人だと思われてしまう空気があったので、スピリチュアルはひとりでこっそりと楽しんでました。

でも、私がマッサージセラピストという職業に就いたあたりから、そういうことに興味がある人たちと会う機会が増えていったのです。

そしたら芋づる式でどんどん情報が入って来て、もともと興味があったので様々なワークショップに顔を出し始めたら、そういう関係の知り合いが増えていきました。

ところが、最初は楽しかったのも束の間、だんだん違和感を感じるようになって来たんですよね。

具体的に違和感を感じたのは、以下のような人たちです。

ケース1. 単なるファッション

これは職場ですが、「私、スピリチュアルなことが大好き!」と言って、パワーストーンを水に入れて飲んだりヨガに通ったり、ヒッピーの格好をしたりという女性がいました。

でも、突っ込んで話をするとファッションとしてカッコ良いからやっているということが分かり、形だけの話しか出来なかったんですよね。

もともと人と比べるのが大好きという彼女、確かにスピリチュアル好きと言うとちょっと他の人とは違う特別感は出るかもしれませんし、捉え方は様々なので別に良いのですが、「何がスピリチュアル大好きだよ…」と私的にはガッカリでした。

ケース2. 傾倒し過ぎ

なんかねえ、パワーストーンを付けないと1日落ち着かないとか、ポマンダーがないと怖いとか、引っ越す日を占星術で教えて欲しいとか、あまりやり過ぎるとちょっと病的じゃないですか?

幸せになるはずのスピリチュアルが、ないと不幸になったり、人の意見を聞かないと動けなくなったりするのは本末転倒ではないかと思うんですけどね。

そういうものは、補助や自分が選んだ道が合ってるのか確認したい時などは良いかもしれませんが、そこにはまず自分という軸が必要なわけで。振り回されてどうするんだ、って思ってしまいます。

ケース3. 自分の意見を押し付ける

これはケース2の人とセットの場合が多いのですが、自分の言うことが絶対正しいので守らない人はダメな人だと選別しようとしてくる人。まあ、本人は無意識かもしれませんけどね。

私自身、自分なりに精一杯努力しているつもりだったのに「私の言う事を聞かないからそうなるんだ」と冷たく言われて、一気に覚めました。

もしかしたらその人の言うことは正しかったのかもしれませんが、いくら正しくても一方的に押し付けてくるスピリチュアリストは信用できません。

それに、相手の気持ちに寄り添ったアドバイスが出来ない人は、おだてないと機嫌が悪くなるような、クライアントよりも自分が主役と思っているタイプの可能性も高いです。

ケース4. ふわふわし過ぎ

自分で「私はスピリチュアルに精通している」的なことを言うわりに、ちゃんと自分の言葉で説明できなくて、人の言葉に「そうそう、私もそう思っていたんです!」と乗っかってくる人がいました。

最初は「この人、私の思っていることと同じことを感じてるんだ、嬉しいなあ」と思っていたのですが、単に人の意見を自分の意見と勘違いしてるというのが分かった時はガッカリでしたね。

たまにいませんか?どこかのサイトをそのまま引っ張って来て、あたかもこれが自分の意見だ!と主張する人。でも自分の言葉では話せないのです。

それを指摘すると「地に足をつけてよく考えて」と言われたので、お前がな…としか思えませんでした。

やっぱり集団になると難しい

私も色々と考えてみたのですが、最初はどんな良いものでも人数が増えて来て集団になると変な方向に行ってしまうことも多いのは仕方ないのかもしれません。

それは今までの歴史を見ても明らかですし、例えば宗教の教えだって、同じ言葉でも人によって解釈の仕方が違いますからね。

私は “大切なのは自分の感覚であり、本当はみんな自分の中にそれぞれ神様がいる” という神道的な考え方がいちばんしっくりくるので、それを採用しています。

と言うことで、やっぱりスピリチュアルは群れずにひとりでやろうと思いました。その上で繋がれる人とは繋がれるでしょうし、わざわざ求める必要はないなあと。

特にスピリチュアルリーダーのような教組がいる団体は、私がもっとも嫌いな思考停止な人たちが多く生まれるので苦手です。

集団になると感覚が麻痺する

とは言え、私も最初は嬉しくて、スピリチュアルな話ができる人たちと好んで関わっていた時期があります。

そうすると、そういう話が通じない人に出会った時に「はあ、やれやれ」みたいな気持ちになってしまってました。

なんだろう、“私たちは他の人たちよりも考え方が進んでいるのよ” みたいな優越感のような感情…。まあ、言ってみればそれはコンプレックスの裏返しなのですが、優越を付けてる時点で本来のスピリチュアルから離れていますよね。つまり、そういうことです。

それに強く実感しているのですが、スピリチュアルに生きるためにスピリチュアルな知識は必ずしも必要ではないんですよね。

スピリチュアルに関係ない人の方がよっぽどスピリチュアルだったりする

全くスピリチュアルに興味がなくむしろ苦手だという人が、側からみるとめちゃくちゃスピリチュアルな生き方をしているというのはよくある話です。

それに、意外とそういうことに関心のない人の方がスピスピ行っている人たちよりもずっと深い話を理解していることも少なくなく、要するに自分のすべきことを一生懸命にしていれば自然とそうなっていくものなんだろうなあと思います。

情報だって、わざわざ追い求めなくても本当に必要なら、ふっと勝手に目の前に現れたりしますよ。

人生のサイクルだって、前に占星術で詳しく見てもらった時に、落ち込まないといけないところでちゃんと落ち込んでいたし、飛躍するべきところでちゃんと飛躍していたことが分かりました。

つまり、ちゃんと自分と繋がって自分の人生を生きていたら、お金を出して占いとかに行かなくても自然と進むべき道は分かるはずだということです。

人からのアドバイスや物に頼るのはほどほどにして、そういう情報をキャッチする力とか、自分を主役にして生きるのが大切なんじゃないでしょうか?

自分の頭で考えて、自分の直感を大切にすることです。

おわりに

私はたまたま生い立ちなどの影響で、ある分野はかなり詳しくなりました。

でもそういうことも、しっかり現実世界に足をつけていないと役に立たないことが多いです。要はバランスなのかもしれませんね。

 

だから、そういう人に相談する時も充分に気を付けてくださいね。
相談する人を間違えると見えない深い傷口が更に広がるかもしれません